きっちんうたまつ

<   2012年 09月 ( 7 )   > この月の画像一覧




東北旅行2012 遠野

c0128960_615193.jpg

c0128960_6171956.jpg

c0128960_6181887.jpg

c0128960_6184911.jpg

c0128960_6191419.jpg

c0128960_6293810.jpg

c0128960_6214143.jpg

c0128960_623451.jpg

c0128960_624131.jpg

c0128960_6241914.jpg

c0128960_6245458.jpg

c0128960_11522227.jpg

c0128960_11525822.jpg

c0128960_11545823.jpg


釜石から再び釜石線に乗り、遠野に着いたときはもうすっかり暗くなっていた。
でも今日は「遠野まつり」
お囃子の声、音楽、人々の喧騒で駅前はとてもにぎやか。

でも私は銭湯へ入るため、お祭りをやっている大通りとは反対方向へ。
えーと・・・。せっかく駅で道を聞いてきたのにあたりが暗くてよくわからない!(←バカ)

よし、こーゆーときは精神集中してカンを働かせるのだ!(つまりあてずっぽう)
む~~んむ~~~~ん ←カンを働かせてる音。
うーん、こっちかな?てくてく。おおっホントにあった!←バカなのでカンだけは良い。

ずっと来てみたかった銭湯、遠野の「亀の湯」。
わー、ほんとに亀がくっついてる!感激。

入口の十字架のような絵のモザイクタイルも綺麗。
中はこじんまりとしてましたが(浴室は4~5人でいっぱい?)
お湯は適温でくつろげた。

湯上がり、ここを一人で切り盛りされてる女将さんとお話しする。
気仙沼の亀の湯の女将さんもだけど、こちらの女将さんもとても華やかで明るい方。
手をケガされた、と聞いていたので心配で尋ねると
「だいじょうぶだいじょうぶ!こんなことくらいで、へこたれてられねえ!あの亀だってネ、何があってもああやってへばりついてんのよー」

うーん、たのもしい!
わざわざ外に出て見送ってくださった女将さんにお礼を言って、ふたたび駅前へ戻る。

駅前はお祭りの真っ最中。人ごみに混ざって私もお神輿を見物する。
「まら」のお神輿は初めて見たなー!子供たちのおどりもカワイイ。
東北のお祭りは初めて見るけど、地元民じゃなくてもやっぱりワクワクする。
この高揚感はやっぱり全国共通なのね。

夜10時すぎにはお祭りは終了。
お神輿がどこかへ片付けられ、屋台が撤収されても、そこかしこにお祭りの熱気がまだ濃厚に残っている。
人々も笑いあいながらざわめき立っていて、遠野駅前は明るい。

なごりおしいけど、そろそろ帰りの高速バスの時間。
誰も私を見送ってくれる人はいないけど・・・でも「また来いよ」と誰かに言ってもらえた気がする。

それは気仙沼の亀の湯の女将さんなのか、遠野の亀の湯の女将さんなのか、それとも娘さんを亡くされた釜石のバスの運転手さんなのか・・・わからないけれど。

被災地を訪れてみて、ただ私はオロオロうろたえていただけかもしれない。
でも実際に足を運んでみて良かったと思う。
また来たい、と思えるもの。

きっとまた来るよ。
見えない誰かに手を振って、私の東北旅行、これにてお開きです。
[PR]



by utamatsu2655 | 2012-09-30 23:40 |

東北旅行2012 釜石、大槌町、赤浜

c0128960_15491391.jpg

c0128960_1627467.jpg

c0128960_16292963.jpg

c0128960_16295691.jpg

c0128960_16303824.jpg

c0128960_16312052.jpg

c0128960_1632571.jpg

c0128960_16325210.jpg

c0128960_1633524.jpg

c0128960_16344638.jpg

c0128960_16352291.jpg

c0128960_16355385.jpg


釜石駅そばの「まんぷく食堂」で「釜石お宝丼」を食べる。
海鮮丼おいしい!特にウニが絶品。
あさりのお味噌汁もたまご焼きも絶品。お腹いっぱい!

さてあまり下調べしてきてないけど、鉄の歴史館か釜石大観音像へ行ってみようかな。
ちょうど来たバスに乗ってみる。

しかし、しばらく走っているとどうやら反対方向のバスに乗ってしまったらしいことに気付く。
ど、どうしよう・・・。乗り換えなきゃいけないけどどこで降りればいいの?
なんか山道?を上っているみたいだし・・・。

突然視界が開けて、右手に真っ青な海が広がる。
そして行く手には広大な広場が・・・。
・・・・・・?違う、ここは街だ。3月11日のそのときまで、家やお店があった場所なんだ。

鉄筋の基礎部分や、お風呂の浴槽だけが残る家の跡。横倒しになった墓石。
そして積み上げられ、山となった瓦礫、人々がたしかに生活していた証。

鵜住居、大槌町・・・と破壊された街をバスは走っていく。
「マスト」というショッピングセンターで他のお客さんはぞろぞろと降りていく。
私はもここで降りようかと思ったけど、迷ってるうちにバスが走り出してしまった。

「どこまで行くの?」と運転手さん。
「あっ、あの・・・赤浜まで・・・」ここまで来たら終点まで行ってみよう。

終点の赤浜の停留所は仮設住宅が建ち並ぶ小高い丘の上にあった。
眼前には、やはり家の基礎部分とわずかなコンクリートの建物少しを残した更地。
その向こうには海が見える。穏やかな波が見える。
そして破壊された港と、そこで動くクレーン車も見える。

少し坂を下ってみると、右手の丘に神社を見つけた。
石段を上ってみようかと近寄ると、かすかに焦げ臭いにおいがする。
見ると、周辺の草木が黒焦げになっているのが分かった。
「・・・・・・。」

ひたすら、手を合わせることしかできない・・・。

とぼとぼと停留所へ戻ってきた私に、先ほど乗ってきたバスの運転手さんが話しかけてきた。

「ひょっとしてバス間違えたの?」
「は、はい・・・。すみません・・・」
「うーん、次のバスは1時間後なんだよね。まあ、あまりきれいな所じゃないけど良かったらどうぞ」

営業所へ招き入れてくださった。椅子をすすめられる。
そしてとつとつと、運転手さんがお話をしてくださる。



失礼だけど、あなたいくつ?32歳?そう。
たくさんの人が死んで。私も娘を亡くしました。娘は27歳だった。

大津波のあと、被災した人をバスで運ぶか、帰ってこない娘を探そうか迷っていたとき、
息子に「お父さん、あの子はもう帰ってこんよ。・・・・・・。 一緒にいた人に聞いた」と言われて。

娘は避難しようにも上手く坂道を上れないおじいちゃんやおばあちゃんを
車に乗せようとして、波にさらわれたらしいね。
一緒にいた人は、何とか逃げられたらしいけど・・・。

つらかったけど、被災した人の搬送を最優先していたら
「こんなことして何になる?よう、俺たちの給料はどうなるんだ?」と言う同僚ともめたこともあった。
「馬鹿野郎、今はそんなこと言ってる場合じゃねーだろ!」と怒鳴ったけど・・・・・・。

しかし、・・・その気持ちも分かるよ、実際、絶望と焦りで自暴自棄になってしまう人もいるからね。
週刊誌で、義援金をパチンコにつぎ込んでしまう被災者を非難する記事を読んだけど。
たしかに良くないことかもしれんが・・・、その人にとってはパチンコだけが唯一悲しみを忘れさせてくれるのかもしれない、気持ちを紛らわせてくれるものなのかもしれない。
それを思うと、一概には責められないね。

全国から来てくれたボランティアの人たちには本当に感謝してるよ。
自分の家は鵜住居で、海から2~3キロ離れてるのに1階部分は水に浸かった。
けど、ボランティアのおかげでね、なんとか元に戻ったよ。
けどカミさんはね、あの日以来、寝るときも必ず洋服を着て布団に入るようになっちゃった。
やっぱり怖いんだね。

近所の奥さんもね、地震と津波以来こっち、えらくツンツンした人になっちゃって
上ばっかり向いて歩いて、バスに乗るときもツンツンしちゃって・・・・・・
やだなあと思ってたら、街を見たくなかったんだね。
瓦礫だらけだったり、山田線の線路がグニャグニャになっちゃった景色なんか見たくなかったんだ。
だから山や空の方ばかり目を向けるようにして、ツンケンしてるように傍から見えたんだなあ。

今の景色はそりゃつらいよ。奥さんじゃないけど、やっぱり目をそむけたくなる。
けどそれ以上に地震のすぐ後の光景の方がもっとこたえた。
家や車や、いろんなものが流されて、まるで東京の街のように全部が密集してるんだもの。
あの光景は、一生忘れられないね・・・。



もしかしたら、運転手さんは私を亡くなった娘さんと重ね合わせて見ているのかもしれない。
帰ってこない娘さんに「今、俺たちはこんな風に暮らしてるんだぜ。いろいろあったけど、何とか暮らしてる。お前も早く帰ってこいよ・・・。」と話したいのかもしれない・・・。

そして同時に、こんな訪ね方をしてはいけなかったんだ、とも気づく。
こんな無遠慮に、土足で踏み込むような真似をしてはいけなかった。
ごめんなさい・・・。


次のバスの発車時間。
私一人を乗せて、バスは赤浜を出発。
走りながら「あそこに小さい島があるでしょう。蓬莱島、って言って『ひょっこりひょうたん島』のモデルなんだよ。あの島の松の木はもろに海水をかぶったはずなのに、枯れないんだ。それがなんとも不思議でね」
「ここに山田線が走ってたんだ。電車が走ってたなんて、信じられないでしょう。今は跡形もないけど・・・」
と話しかけてくださる。

そして再び「マスト」の前で停車。
買い物袋を提げたお客さんががやがやと乗り込んでくる。先ほど、行きのバスで一緒だった人たちだ。
「お待たせ~。何買ったの?」と気さくに話しかける運転手さん。

これが日常なんだ、と思った。
大きな傷を負い、自分が暮らす街が消失しても、大切な人を失っても、直視できなくても
生き残った人の日常は時に優しく、時に無慈悲にこれからもつづいていく。
今は傷がふさがらなくてもこの日常を生きるしかない、という無言のメッセージを賑わうバスの中で感じた。

釜石駅の手前でバスを降りる。
お礼とお別れを言うと運転手さんは「どうも、ね」と少し顔をそむけるようにして仰った。
もしかしたら、運転手さんの傷を広げてしまったのかもしれない。
ごめんなさい。
だけど私自身は、このバスに乗って良かった、と思いたい。

あの静かな赤浜の営業所で過ごした時間、ひとつひとつ、ぽつぽつと話をしてくださった運転手さん。
私はずっと忘れません。
[PR]



by utamatsu2655 | 2012-09-30 23:20 |

東北旅行2012 釜石線

c0128960_23455546.jpg

c0128960_2349947.jpg

c0128960_2350097.jpg

c0128960_2351259.jpg

c0128960_23522976.jpg

c0128960_23542881.jpg

c0128960_23575913.jpg

c0128960_23592332.jpg

c0128960_013019.jpg

c0128960_061778.jpg

c0128960_07791.jpg


新花巻駅から釜石線に乗り、釜石を目指す。
2年前は途中駅の遠野まで行った。
遠野から先、終点の釜石の街が津波に襲われることになるとは、あの時は想像もしなかった。

のどかな田園風景の中を走りぬけていく釜石線。
1時間ほどで遠野駅に到着。
遠野は今日はお祭り、たくさんの人が降りていく。
私は今日は初めての先へ行ってみる。

田園風景を過ぎ、緑のトンネルを抜けて・・・
釜石線はぐんぐん山岳コースへ突入。
緑の山の稜線、田んぼの金色の穂波が眩しい。
実は新花巻駅で退屈しのぎに「前田敦子 国民的アイドル 深夜の「お姫様抱っこ」のスクープ記事が載った
週刊文春9月20日号を買っておいたのだけど、まったく雑誌を開くことなく車窓の景色に見とれてしまった。

遠くへ運ばれていく、知らない土地が待っている。
どきどきする快感だ。

2時間ほどで終点釜石駅に着。
全然退屈しなかった!鉄っちゃんになりそう。
でも、お腹はすいた!

釜石駅周辺でちょっと遅めのお昼ごはんを食べようっと。
[PR]



by utamatsu2655 | 2012-09-30 23:12 |

東北旅行2012 大沢温泉

c0128960_22351246.jpg

c0128960_22353460.jpg

c0128960_2237490.jpg

c0128960_22454355.jpg

c0128960_22492350.jpg

c0128960_22501965.jpg

c0128960_2251783.jpg

c0128960_22531895.jpg

c0128960_2256233.jpg

c0128960_22513742.jpg

c0128960_22572297.jpg

c0128960_2331299.jpg

c0128960_2313551.jpg

c0128960_2343975.jpg

c0128960_2351221.jpg

c0128960_2392995.jpg


気仙沼から大船渡線で一ノ関へ出て、東北本線へ乗り換えて花巻着。
夜道をひた走り(バスで)大沢温泉へ。

ここは昔ながらの「湯治場」といった雰囲気の自炊部、
風情ある萱葺き屋根が特徴の菊水館、
そして一番近代的でシックな建物の山水閣、

と、3つの宿泊施設から成る温泉郷。

私はレトロで和気あいあいとしてる自炊部へ。
ここは2年前、初めての一人旅で泊まった宿。
相変わらず古ぼけている。(そこが良いのだ)

すぐに温泉に入りたかったけど、到着時刻が遅かったので
先に食事処「やはぎ」でとり天定食を食べる。
もぎゅもぎゅ、美味しい~。
「自炊部」なのでもちろん調理室で自炊もできるけど、「やはぎ」で手軽に美味しいものが食べられるのもイイネ!お酒も飲めるし。

しかし、うう、ちょっと食べすぎた・・・。ハラが重い~。
くうっ自炊部の名物露天風呂「大沢の湯」の「女性限定露天風呂タイム」に何としても乱入(闖入?)せねばならんのに!

しばし部屋で腹休めしたあと、うううと露天風呂へ。
この露天風呂は基本的に混浴で、たしか2年前は女性限定タイムはなかったと思う。
やっぱりまだ混浴はハズカシイので、こういったサービスが出来たのは素直にうれしい(^^)

夏の露天風呂はサッパリ、爽快!ちょうど連休にかかってるせいか湯客も多く、賑やかな女露天風呂。
そのあと山水閣の瀟洒な「豊沢の湯」にも入り、日中歩き回った疲れも癒された~。

部屋に戻って、明日の計画を練ろうと思ったのに即寝落ち。

翌朝はまた「やはぎ」で豪華な朝ごはんを頂いて(朝から「すじこ」を食べた!)
菊水間の「南部の湯」自炊部の「薬師の湯」に入り、部屋へ戻ると・・・
えーっと??
あまりの部屋の乱雑ぶりに一瞬どろぼーでも入ったのかと疑ってしまったけど、
私が!自らの手で!散らかしただけだ。そう、東京の自分んちのように!!

旅行に来たのに自宅にいるみたい~とトホホとしてると
「ヨーグルト、ジュースはいりませんか~」の声。
そう、朝は1階の売店が各部屋をまわって出張販売してくれるのだ♪
お風呂上がりのヨーグルトとコーヒー牛乳は最高!
ほんと、自分ちみたいにくつろげる♪

最後に「かわべの湯」に入り、チェックアウト。
帳場兼休憩所も畳敷きでおばあちゃん家のようになつかしい雰囲気。
ちょっとあわただしかったけど、やっぱり大沢温泉はいいなー!
お肌もつるつる♪

これから送迎バスで新花巻駅へ向かいます。
[PR]



by utamatsu2655 | 2012-09-30 23:04 |

東北旅行2012 気仙沼3 亀の湯

c0128960_0355141.jpg

c0128960_0444148.jpg

c0128960_0455887.jpg

c0128960_0563192.jpg

c0128960_048428.jpg

c0128960_0582791.jpg

c0128960_111348.jpg


14時になるのを待って、魚町の亀の湯へ。
港のすぐ近くの銭湯。
3月11日の津波は亀の湯の1階部分をもろに襲い、浴室はもちろん、釜場や隣接するご自宅まで甚大な被害に見舞われたらしい。
けれどボランティアの方々の復旧支援活動や全国の漁業関係の方々の声に支えられ、そしてご主人と女将さんは大きな決断をして、7月に見事再開オープンをされた。
そのお話を聞いて、ぜひ入浴したいと東京からやって来ました。

けど、14時すぎだけどまだ暖簾がかかってない。
えーとえーと、もしかしてお休み?で、電話してみようかな・・・。
オロオロしてたら道の向こうから軽トラが1台、ぶーんと走ってくるのが見えた。
「あらあら!お客さん?ちょっと待ってね、今開けるから!!」
軽トラからひらりと飛び降りてきた一人の女性。どうやら亀の湯の女将さんらしい。
あ、明るいな・・・。
踊るような仕草で入口の暖簾を掛ける女将さん。亀の湯、晴れやかに開店です。

女湯はピンクのタイルが床に敷き詰められ、やわらかな雰囲気。
壁には可愛らしい鯉のモザイクタイルが泳ぎ、ライオンの口から滔々と熱い清浄なお湯が溢れ出ている。
朝から歩き回った体に沁み渡る。
亀の湯の復興に関わった方々の思いが、お湯の中に滲みでているかのよう。

風呂あがり、フロントで女将さんと少しお話した。
棚には漁船名が書かれたいくつもの洗面器。
それを見ながら全国各地から来てくれたボランティアの方々や、お客さんへの感謝の言葉をにこやかに話る女将さん。
この、まるで太陽のような女将さんに会いたくてお風呂に入りに来るお客さんも多いんだろうな。

私もきっと、また来ます!
亀の湯さんになんだか逆に勇気をもらった気がする。

被災した大きな悲しみの街。だけど何かが動き出している街・日盛りの気仙沼をピョンピョン走りながら駅へ向かいました。
[PR]



by utamatsu2655 | 2012-09-30 10:34 |

東北旅行2012 気仙沼2

c0128960_8231683.jpg

c0128960_8322899.jpg

c0128960_8345317.jpg

c0128960_8445644.jpg

c0128960_8544332.jpg

c0128960_1002375.jpg

c0128960_0183380.jpg

c0128960_0194568.jpg

c0128960_0204651.jpg

c0128960_024296.jpg

c0128960_0271886.jpg


大島から戻ってきて、再び気仙沼の街を歩いてみる。
折れ曲がった街灯、ズタボロに裂けて紙切れのようになった看板、鏡だけが残る床屋さんの跡・・・。

悲しい光景に見える。
けれど、この街に暮らす人にとってこの景色はおそらくある程度「事が済んだ」景色なんだろう。

もっともっと、悲惨な光景があった。
地震が起きて、津波が街に襲いかかり家や人を飲み込み、火災が広がり・・・
たった1日で気仙沼の街は変わり果ててしまった。瓦礫だらけの街に。
瓦礫とは、人々が生活していた証のもの。
それを片付ける作業もまた、とてつもなく辛く悲しかったはず。

今のこの光景は、その悲しみの波がひとつ、過ぎた状態なのだろう。
悲しみ自体は決して無くならないけれど。

悲しい光景を見ても、歩き回るとお腹がすいてきた。
「気仙沼復興市場」へ行ってみる。
仮設のプレハブの建物は「明日へ進もう日本」の幟がはためき、お客さんで賑わっていてとても活気がある。
お腹がすき、今日もご飯が食べられることに感謝しつつ「喫茶マンボ」でチャーハンセットを食べた。

む、むう美味しかった!すごく。
正直、「災害の後だし、仮設だから味は期待しない方がいいのかな?」なんて思っていたけど
たとえ元の店が流され、破壊されようとも味と心意気は変わらないよ!というマスターの誇りを感じる美味しさだった。

被災した街を見て悲しいはずなのに、一皿のチャーハンでホッとする気分になれた。

気仙沼復興市場、他にも居酒屋や雑貨屋など多種多様なお店が集まっている。
この次はぜひ夜に来て一杯やりたいな。
また来たい!と思える場所は被災地にだって必ず有るんだな!
[PR]



by utamatsu2655 | 2012-09-30 08:04 |

東北旅行2012 気仙沼1

c0128960_22104836.jpg

c0128960_6424687.jpg

c0128960_2217683.jpg

c0128960_22194542.jpg

c0128960_22565648.jpg

c0128960_2347249.jpg

c0128960_22521619.jpg

c0128960_8312691.jpg

c0128960_22553742.jpg

c0128960_22584810.jpg

c0128960_22594956.jpg

c0128960_22482254.jpg

c0128960_2225143.jpg

c0128960_2210396.jpg

c0128960_2230424.jpg

c0128960_22242287.jpg

c0128960_225108.jpg

c0128960_223501.jpg

c0128960_22275356.jpg

c0128960_22331521.jpg


池袋発の深夜高速バスで気仙沼へ。
今年の夏季休暇は東北へ行くと決めていました。

朝6時すぎ、気仙沼市役所前へ到着。
静かな朝。
とりあえず気仙沼駅まで歩き、コインロッカーに荷物を預ける。
燃え立つような百日紅の花や、味噌屋さん?のレトロな建物を見ながらゆっくりと港の方へ歩いた。
市役所を過ぎ、カーブを曲がるといきなり視界が開け、目の前にはぽっかりとした広場が広がっていた。
更地があり、てん、てん、と建物が建っている。
建物に人けはない。それは朝早いからではなく、建物として機能しなくなったから。
瓦礫等はすでにきれいに片づけられているので想像していたより凄惨な印象はなかった。
けれど建物のある一定の高さより下は、看板がぐにゃりと曲がっていたり、ブルーシートに覆われていて破壊の凄まじさを静かに物語っていた。

港へ歩いてみると朝早くから護岸工事の方たちで賑わっている。
人けがあって少しほっとした。
エースポートというフェリー乗り場だった大きな建物があり、非常階段部分に「東日本大震災津波浸水深ここまで」のプレートが貼られている。
2階部分まで水に飲み込まれたんだな・・・。中にいた人は、全員避難できたんだろうか?
海辺を見ると港の桟橋は一部を岸辺に残して、折れて海に落ち込んでいる。
なんだか見ているだけで茫然としてしまう。

そこへ汽笛の音が響き、船体に虹が描かれた大きな船が港に入ってきた。
「フェリー亀山」と書かれた船には作業着姿の男性や制服を着た学生がたくさん乗っている。
タラップから降りてきた高校生らしき子たちは、楽しげに笑い合って地盤沈下した街を歩いていく。

地元の子たちがあんなに溌剌としてるのに、私が茫然としてるのはおかしいな、
と思い直し、私もフェリー亀山で大島まで行ってみることに。
船の中から気仙沼の港の方を見ると、岸壁はどこまでもクレーンの列が続く。
その上をカモメが優雅に舞っている。

10分ほどで大島に到着。真夏の太陽が降りそそぐ。青々と緑が生い茂る。生命力に溢れた島だ。
例年なら、ここは海水浴客やキャンプ客で賑わっているはず。
でも今は護岸工事のフェンスが立ち並び、更地の上をショベルカーが走り、作業員の方が忙しく働いている。
なんだか宅地造成地のよう・・・。

港から浜辺へ続く大通り沿いを歩いてみる。
かつてお家があったらしい場所には、わずかに基礎の土台部分や、
斜めに切り取られようなブロック塀が残っている。
地面に転がった茶碗が悲しい。じっと手を合わせる。

浜辺へ行ってみようかと歩くも、とてもそこへ行ける状態ではなさそうで
結局、港近くの観光案内所へ戻ってしまう。
その隣のコンビニでお土産(震災絵葉書など)を買い、再びフェリーに乗船。
「ドリーム大島」デッキにはたくさんの応援メッセージが書かれた横断幕が張られている。

「ガンバレ!大島」「めげずにまけずに」「またくるね」
一言一言、うん、うんと頷きながら読んでしまう。
本来ならボランティアもしていない私が言えることではないことかもしれないけど、
私も「心より一日も早い復興をお祈りしています。」
[PR]



by utamatsu2655 | 2012-09-30 00:13 |

銭湯探訪日記と日々のささやかなことを書いてます。
by utamatsu2655
プロフィールを見る
画像一覧

カテゴリ

メモ帳

最新のトラックバック

ライフログ

検索

ファン

ブログジャンル

画像一覧